こんにちは。
シイノキ(@info_misatopic)です。
自分がカメラを手に取ったのは、カメラが趣味だった祖父の影響。
生まれたばかりの自分の写真の背景がボケているので、きっと一眼レフで撮影されたものなんだろう。
実は実際のところ、撮影者が祖父なのかどうかはわからない。
祖父の妹の旦那さんもカメラが趣味だったので、もしかすると撮影者は彼かもしれない。


祖父はPETRIのFA-1ってカメラを持っていて。
1975年に発売された国産カメラだったようで、とても大事にしていた。
俺がカメラを始めたのを見た祖母が
「(脳梗塞の後遺症で)もう身体が不自由で使えないんだから、あげちゃいなよ」
と言うのを
「そりゃだめだ。いくら孫でもこれはやれない。」
と断っていたくらい。

なんだよ、くれないのかよ!ケチ!と思った…と言いたいところだけど、なぜか嬉しかったのを覚えてる。
孫にも譲れないくらい大切なものを持っている男ってのをかっこいいと思った。
それと、身体が直ったら使うんだという気概を感じられたところかな。
ちなみに、PETRIは祖父の逝去後は俺が持ってる。各所ボロボロなので使用は出来ないけど。
たぶん、祖父は膨大な数の写真を撮っていたはず。
旅行が趣味だったので、あちこち撮って回っていたと思う。
ただ、残念なことにネガや写真は祖父の逝去後に祖母が終活でこっそりすべて燃やしてしまったのだ。
譲り受けておけば良かったってのが、これまでの生涯における最大の後悔のひとつ。
サイトのタイトルにもしているのだけど。
写真は人生の栞だ。
撮影者の心が動いた瞬間を記録してる。
なにが爺ちゃんの人差し指を動かしたのか。
それを見れないのが残念でならない。

俺は喋るのが面倒くさい。
言語で伝える努力をするのが面倒くさい。
感情を伝えるとなると、伝える相手との温度差で意味合いも変わってしまう。
シャッター切るのは人差し指を動かすだけなので楽だ。
あとで、俺の撮った写真を見た家族や周りの人たちが
「あー、あの人はこの時こんな気持ちだったんだろうな」
って好き勝手に妄想するくらいでちょうどいいかな。
俺がカメラを手にしたのは、冒頭でも書いた通り亡き祖父の影響だ。
なので、俺の撮った写真のボヤけた背景の中には、こっそり祖父がいる。
心霊写真みたいな言い方するけど。
「良い写真撮るようになったな」って褒められたかったなぁ。

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