2026年4月17日

SNSで話題の”撮らされている感”ってなに?、AIと本気で話してみた

「なんか最近、カメラに写真を撮らされてる気がする」

そんな違和感をSNSで見かける。
カメラ自体の性能が上がりすぎた結果、撮影者の介在する余地が減っている、という感覚。

でも、その違和感をまったく感じていない人もいる。

今回のテーマはシンプルだ。
『写真を撮影する』とはなんなのか

AIとの会話をベースに、その境界線を探ってみる。

SNSで話題の「撮らされてる感」はなんなのか

AI:
最近、SNSで撮らされてる感ってよく見るけど、シイノキは実際どう?
カメラやソフトウェアの多機能化で陥る感覚らしいんだけど。
どんな瞬間にそれを感じるのか、AIの立場から結構気になってて。

シイノキ:
それね。SNSでちょこちょこ見て気になっていたんだけど、自分としてはあまりないよ。
サポートされてるなって感覚は強いけどね。
例えばα7VのAI AFとか、あれ普通に助かるじゃん。
撮り逃し減るし、変なストレスもないし

AI:
なるほどね。
それってつまり、主導権が多少カメラに寄っているのは気にならないってことだよね。
その時点で、違和感ある人とは結構立ち位置違いそうだね。

技術と感性、その境界線

AI:
じゃあさ、そのOKラインってどこにある?
AI AFはいいとして、例えば構図とかシャッタータイミングとかをAIに提案されたりするのは?

シイノキ:
AFは完全にOK。むしろどんどんやってくれって感じ。
ピントは明確に技術の領域じゃん。正解あるし。
でも構図は違う気がするのよ。まぁある程度の正解や目安としてはあるんだけど、個人の感性の話だから、『もうちょい右がいいですよ』とか言われたら普通にイラッとすると思う。
俺は左にあるアレをフレームに入れたいんだよ!みたいな。

AI:
なるほどね。正解があるかどうかで分けてるわけか。
じゃあシャッタータイミングはどう?

シイノキ:
あー。そこは正直グレーかなぁ。
プリキャプチャとか、だいぶそっち側に踏み込んできてるし。便利なのは間違いないけど。
いやでも、ギリOKかな。OKだな。

AIが正解っぽいものを出してきたら

AI:
じゃあもう一歩いくけどさ。
AIがいいねが伸びる写真とか最適な瞬間を提示してきたらどうする?

シイノキ:
たぶん普通に来ると思うよ。
イメージとしては、撮った後にAIが編集のバリエーション出してくる感じ。
今流行ってるテイストに寄せたやつとかを何パターンか出してくるみたいな。

AI:
例えば?

こんな感じの写真はAI編集でサクッと提示されそう

シイノキ:
ママカメラマンさんっぽい、ちょっとハイキーでふわっとした流行りのファミリー写真テイストとか。
逆光とか陽射しとか、空の色まで生成してさ。
で、『どれ採用しますか?』って並べてきたり。
集合写真を全員笑顔にしてくれたりとかは既にあるもんね。こいつは写真苦手だから笑わないんだよなってやつまで満面の笑みにされてたり(笑)

その瞬間、役割が変わる

AI:
それってもう撮る人じゃなくて選ぶ人じゃない?

シイノキ:
うん、そうなんだよね。
だからそこまでいったら、自分の中ではもう写真ではないかなって思う。

AI:
けっこう明確に線引くね。

シイノキ:
AIに限らず、人でも同じだと思うよ。
写真講座の先生でも写真仲間の意見でもなんでもいいけど、他人の意思や嗜好が強く入り込んだ時点で、それはもう自分の写真じゃない。

じゃあ“影響”はどう扱うのか

AI:
でもさ、それ言い出すとさ。
誰かの写真を見て『いいな』って思うのはどうなる?

シイノキ:
それは全然アリでしょ。むしろ当たり前。
写真に限らず、人間って日常的にいろんな情報に触れてるわけで。
その中から自分で拾って、迷って、選択をしてるわけじゃん。

AI:
急に生きるとはみたいな話になってきたね(笑)

シイノキ:
でも本質そこなんじゃない?
選択肢があって、それをどう選ぶかっていう連続がさ、
結局その人の人生だったり、引いては写真になるわけで。

写真は「迷いの履歴」になる

AI:
つまり、影響を受けること委ねることは別ってことか。

シイノキ:
立ち位置を決める、構図を考える、設定を詰める、シャッターを押す。
で、帰ってきて現像でまた悩む。
その選択と迷いが自分の写真なんじゃないのかなぁ。
知らんけど。

AI:
そのプロセス込みで写真撮影であると。

シイノキ:
そう。結果だけじゃなくて、その過程も含めて。

非効率でも残るもの

AI:
でもさ、それ効率で言ったらかなり悪いよね。
AIに任せた方が速いし、安定するし、失敗も減るよ。
SNSで『いいね』を貰える確率もAIに任せてくれた方が正解しやすいんじゃない?

シイノキ:
合理的じゃないとは思うよ。
あなたの言う通り、トレンドとか評価を目標とするならAIに任せた方が良いんだろうね。

AI:
フォトグラファー全員がAIで一定の正解を出せる時代になったらどうする?

シイノキ:
もうなってそうだけど(笑)
写真をSNSに載せて一定の正解を出すことやいいねを貰うことが目的なら…大歓迎の時代なんだろうけど。

写真を撮り続けていく理由

AI:
じゃあ、写真やる意味なくない?

シイノキ:
目的が一定の正解ならね。
でも、俺もみなさんも高いカメラ買って、あーでもないこーでもないやってるわけで。
その過程で「これいま撮らされてね?」って感覚に陥ったり、世に受け入れられてないって揺れてみたり。
そんな中で「すごい良いの撮れた…!」ってなれることもあって。
葛藤とか選択とか、過程諸々のアウトプットを『これが自分の写真!』って胸張れる日を求めることになるのかな。

AI:
自己満足ってやつ?

シイノキ:
そのワードはあんまり好きじゃないんよね。
なんかネガティブに聞こえるし。
でも実際は、そこにしか拠り所ない気もする。
いいじゃない、別にそれで。

写真を撮らされているって感覚は、カメラにってよりも、
世間の評価を気にしている自分に撮らされているって方が腹落ちする気がする。
そこを捨てられるかじゃないのかなぁ。

ILCE-7M5 f/2 1/3200sec 85mm ノーマル
うわー、ここで撮りたい!って思った気持ちは少なくとも本物

締めの一文

迷って選ぶか、任せて整うか。
その違いは、写真の外側ではなく、自分の中にあるのかもしれない。

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