こんにちは、シイノキです。
先日、
「Threadsで『ライカ使ってるのに写真下手でワロタ』ってのを見たけど、別に高い機材で下手でもいいじゃない」
というポストを見かけました。楽しみ方なんてなんだっていいんだと。
同意でしかないです。
どんな趣味にも、しゃらくせぇ先輩が多いですよね。
バイクにおける大型はいいぞぉおじさんとか。
ハーレーはいいぞぉおじさんとか。
Gibsonおじさん、Fenderおじさん。
ワイルド至上主義のキャンプおじさん。
どういうコンセプトで何を楽しむにしろ、おめーで勝手にやってろよと。
わざわざ絡んできて嘲笑してきたり、あれこれ求めてもいないアドバイスしてきたり。
妖怪の類だと思うので、もしも遭遇したら適切な距離をとって目を合わせずに逃げるべき。
取り憑かれちゃうぜ。
とは言え、α7Vが発表されて。
えー欲しい!って思った後に、「いやいや、俺の腕&趣味程度の楽しみ方であんな贅沢な機材って必要あるんだっけ?」って思ったりもしました。
個展開くわけでもなく、印刷するわけでもなく。コンテストに応募するわけでもないし。
時折スマホやMacで見返すくらいですからね。
自分にとっての『写真を撮る』のゴールはどこなのか再定義する
プロでもなんでもない自分が写真撮影をして、なにに満足をするのか。
ここが言語化できていないと、今後の趣味生活もモヤモヤダラダラしてしまいそうだなと思ったので色々と考えてみました。
「この為に写真やってんだよねぇ」
っていう感覚を明確にしてみようと思います。
シイノキの被写体は景色と、+人、+ペット。
一枚の写真が、その瞬間の匂いや音、感情が蘇る一枚が撮れると大変喜ばしい。








大変喜ばしい。
これはなぜなのか。
もうすぐ47歳を迎えるシイノキ。
留年して卒業した専門学校での経験をギリで活かして、目指していたデザイナーに。
夢は某アーティストと仕事をすることだったけれど、亡くなってしまい。
家族もいるし、出会いやみんなのおかげで現在のところお金にも困らず、それなりに幸せな暮らしをしているものの、
「でもきっと、この人生で自分の願いや夢が叶うことはないんだろうな」
という緩い絶望感もあったりするんです。
いくつかの小さな願いはあってそれを叶えることは決断次第で可能ではあるけど、得られるものは考えるほど大きくないはず。っていう。
でも、良い一枚が撮れると
「これで良いじゃないか。これがすべてだ。」
って思います。
「この瞬間を拾い上げるために写真やってんだなぁ」
と。
誰かにああだこうだ言われる筋合いはやっぱりない
素敵な一枚を撮るためには、まずはメンタル。
望む光をくれる天気の日に
快適でお気に入りの服を着て
好きなレンズと好きなカメラをバッグに入れて
最高の気持ちであーでもねぇこーでもねぇと撮影を楽しむ
他人が介入できる余地がない
むしろ、ちょっと邪魔
ぼっち趣味って最高ですよね。
誰かが一緒じゃなくても、友だちがいなくても楽しいんだもの。
カメラと自分があれば成立しちゃう。
(人撮りたい時は別)
良い機材は必要なのか
ここで疑問は最初に戻って。
この趣味生活にライカや、高額スタンダードのα7V、はたまたGMレンズ等は必要なのか。
必要でしょ。
腕とかスキルとか関係なくて。
かめはめ波の修行する時は亀マークのオレンジの道着着たいし。
デートに行く時は良い財布持っていきたい。
まずは気分から。
デザインの良いカメラ。
機能の最高なカメラ。
掴み心地の良いカメラ。
憧れていたマークのついたカメラ。
軽くて歩きやすいカメラ。
人によって、メンタルを持ち上げてくれる基準は違うわけで。
買える範囲…いや…
人によっては借金してまで手に入れたカメラを使うことで爆上がりする人もいるからね。無責任なこと言わせてもらうと、自分との相談次第で無理してでも使いたいカメラ使った方がいい。
よーし。
よし!(謎の決意

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